さつまいもの育て方
さつまいもの種付け
さつまいもは種を撒くのではなく、数枚の葉が付いたツルを土に挿す形で定植させます。そして不定根を発生させ、十分に肥大したところで収穫するのです。不定根とは種子から生えるような決まりがない根のことで、挿し木などをした場合に生えてきます。
それゆえ、前年に収穫した種芋を加温、そこから伸びたツルを切り取って次の苗とする種付け手法が一般的です。初めてさつまいもを栽培するのであれば、ホームセンターや園芸店などでそのつるを購入して植える方法が簡単です。
家庭用菜園など、規模のが小さいのであれば、毎年種芋を選別して保管するより、ホームセンターなどで購入する方が便利です。苗を植える際はすべての葉が土の表面に出るような植え方をしましょう。
さつまいも栽培中のポイント
さつまいもは等間隔で植えていく必要があり、畝幅70cm程度に1列のスペースが望ましいです。厳密ではないので、極端に低くなければ家庭菜園のように以前の植物の畝幅のままでも構いません。
植える前には土をよく耕しておきます。可能であれば畝を作った際に黒マルチを立てておくと便利です。マルチには張ることで畑の保温及び保湿、雑草の抑制の効果をもたらしてくれるからです。一方苗と苗の間隔は30cm程度にし茎を水平に植える水平植えという方式が育てやすいでしょう。
さつまいもは初心者にも育てやすい植物です。初めての人でもある程度の大きさと数量を収穫することができます。しかし芋が大きければ良い品質とは限りません。例えば肥料を多く与えて葉や茎が育ち過ぎてしまうと、過剰成長して根の外見や味に悪影響が出ます。
極端な例を挙げると、光合成で作られた栄養が茎や葉の成長に浪費されてしまい、芋の収穫量が少なくなってしまう事もあるのです。さつまいもは痩せた土地でも育つので、そもそも肥料は無くてもよく、また前作で野菜が良く採れた畑に植える場合、全く肥料を与えずに行う育て方をしたほうが安全です。
特にさつまいも栽培が初心者であれば下手に栄養は与えない方が良いでしょう。農家ではない場合、土地が狭い、家庭菜園程度になりますが、はみ出てしまった根やつるをその都度土壌部分に戻す作業を惜しまなければ面積に関係なく栽培が可能です。
畑の広大な農地であっても、つるは勝手気ままに様々な方向へ伸びていきますから、適した方向に直してやるつる返しの作業は必須です。また一部の根っこは切断して、過剰に芋が育ち、つるぼけする可能性を減らします。
そしてどちらかといえば酸性の土壌を好む性質があるため、苦土石灰を入れる場合は控えめにするか、問題がなければ入れない方がよいです。また苗が植物ウィルスに感染することでも収量低下を起こす点に注意します。痩せた土地でも育つとは言いますが、乾燥地ではツルの活着率が悪い点にも留意しなければなりません。
それでも栽培を行いたいのであれば、対策としてジャガイモなどのように、圃場に直接植える育て方をすることで、収穫量は減ってしまいますが可能です。時期は品種によっても異なりますが、一般的に暖かい気候の土地であれば春に種付けした芋を栽培し、晩夏から秋にかけて収穫する育て方が普通です。
大きくしようとあまり放置してしまうと、寒さで芋が腐敗してしまいます。その為秋といっても、寒くなりやすい場合は早めに収穫を行い、畑に霜が降りるまでには完了させましょう。目安はさつまいもの茎や葉が黄色くなりはじめた時期です。
ただし黄色く変色するというのは、後述する病気や害虫によるものの可能性もあるため、周囲の様子や明らかに時期が異なる場合は注意します。品種ごとの栽培、収穫時期を確認するとともに、近くなってきたら事前に試し掘りとして芋の様子を見極めながら行うと効果的です。
注意すべき病気や害虫
さつまいもも病気や害虫に注意した育て方を行う必要があります。病気ではつる割病や黒斑病、立枯病、かいよう病にかかりやすいです。つる割病は日中につるがしおれ、下の葉から黄色に変色が始まり、やがて株全体がしおれて枯死する病気です。
つるに問題があるこの病気は、種付け用の種芋の収穫にも影響を及ぼすので早めに対策をしましょう。土をそのままにしておくと、新しく植える株にも影響を与えるので、土を浄化するなり処分して新しい土に取り替える必要があります。
カンキツグリーニング病はその名の通り柑橘類に多く見られる症状です。感染した樹木を伐採除去するのが有効な手段ですが、それ以外では解決できない為、感染した株自体の治療ができないことが難点です。
害虫にはサツマイモネコブセンチュウやドウガネブイブイ、チャイロムナボソコメツキ、イモキバガ、ナカジロシタバなどがいます。また沖縄県全域や奄美群島、トカラ列島、小笠原諸島ではイモゾウムシやサツマイモノメイガによる被害が問題となっています。南方地域の害虫に関しては、法的措置も行われています。
さつまいもの歴史
さつまいもは原産が中南米、特に南アメリカ大陸やペルーの熱帯地方と言われます。1955年にさつまいもの祖先に該当するイポメア・トリフィーダが、西山市三さんによって発見されました。
日本へは1597年、スペイン人もしくはポルトガル人によって中国をはじめとする東南アジアに伝播された際、宮古島にも伝わったのが初めとされ、沖縄地方の島々にも広まっていきます。17世紀初頭には琉球から九州、その後八丈島、を経由して本州にも伝わりました。
ただし琉球、つまり沖縄本島に伝わったの当時の中国である明の貿易船が伝達したものであり、沖縄地方の各島からは本島にはっきりとは伝わりませんでした。伝来のルートが中国を経由していることから、九州地方では唐芋とも呼ばれています。
痩せた土地でも育ちやすい植物であるため、江戸時代には飢饉の対策として各地で栽培されました。具体例としては、1711年に瀬戸内海の大三島で栽培が開始されましたが、1732年の享保の大飢饉にあっても大三島地方では餓死者が出なかったという記録が残っています。元々薩摩藩以外への持ち出しが禁じられていたさつまいもですが、これを機に全国的に広まったのです。
さつまいもの特徴
さつまいもはヒルガオ科サツマイモ属の植物でアサガオの仲間です。食用部分である芋の部分は養分を蓄えて肥大した根のことで塊根と呼び、その部分のみを指して言うこともあります。
別名には先に挙げた唐芋の他、甘藷、琉球薯とも呼ばれます。基本的には根の部分を食しますが、若い葉や茎を主食や野菜として食用にされる種類もあります。生息地は主に中国に多く、生産量としても世界一を誇っています。
日本における生息地は主に鹿児島県と茨城県、千葉県、宮崎県、徳島県で、生産量の上位5県でもあります。特に鹿児島県は台風が飛来することが多いため、地上に食する部分である塊根が生えないさつまいもは台風の被害に遭うこともないので積極的に生産されているのです。
成分はでんぷんを多く含んでおり、コメを上回るほどで、エネルギー源として食されます。江戸時代の飢饉を救ったのはこの成分によるところが大きいです。またビタミンCや食物繊維も豊富で栄養価の高い植物でもあります。
一方でタンパク質の含有量は少ないので、他の食品で補う必要は出てきます。加熱することででんぷんが糖になり、甘みが増すため、石焼き芋に代表されるように熱して食す方法が多いです。
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